2017年4月29日土曜日

牛岳(987m)


 

 富山県砺波市にある最高峰の山である。富山平野や砺波平野から見ると牛が寝そべったようなどっしりとした山容をしている。牛岳の前衛峰には牛岳スキー場がある。今回は4月末に登った時の記録。
  スキー場に向かって車を走らせ、途中、牛岳温泉センター前で左折する舗装道路を行く。子供村やオートキャンプ場を右手に見ながらぐんぐんと標高を上げて行くとやがてスキー場の最上部に着く。
  道路は左手に分かれる道を下る。しばらくすると左手に四阿が見えるのでその左手にある舗装道路を走ると、やがて左手に車を数台止められる駐車場が見える。そこが今回の出発点の二本杉の登山口である(標高755m)。四阿の横から登山道が始まる(10:43出発)。なお、写真は加工したものの一部横向きになっているので、横をむいて見てください。

  登山道は丁度両側が高くくぼんだ登山道となるため、この時期だと登山道を雪が埋めている。この時、登った時もすぐに残雪が現われた。しばらく行くと、いきなり6合目の標柱が現われる(10:49)。登山口が755mなので下から登るとなると6合目になるのだろう。

 7合目の標柱はまだ半分が雪の中だった(10:56)。


 さらに10分程度、登ると「鍋谷のブナ林」の標柱が出てくる(11:05)。
 
この時期、まだブナの木は少し芽吹き始めの状態。瑞々しい緑を身に着けるのは、まだ少し先になるようだ。稜線登りになると風景が広がる。少し登りがきつくなると牛嶽神社の小さな祠がひょっこりと現われる(11:19)。南砺の山々やおそらく白山連峰なども見えているのだろう。祠の裏手には遅咲きの山桜が1本。山頂は祠の右手に道をとる。一旦、ぐっと下り、だらだらと登る感じだ。この時期はずっと残雪の上を歩く。やがて急な登山道を登りきると、いきなり山頂に飛び出す。

 砺波平野や立山連峰、南砺の山々などが見える。登山道はさらに奥へと続き、小牧ダム方向へと下って行く登山道だ。(写真は立山連峰)


 今回のコースは物足りないという人は小牧ダム方向へ下って、ぐるりと二本松へ戻る周遊をすれば良いだろう。

   往:45分、復:32分

 


2017年4月24日月曜日

負釣山(959m)


 

 富山県の朝日町と入善町の境界にある山で、入善町では最高峰の山になる。登山口までは入善町船見にあるバーデン明日の温泉施設を更に奥にいく。舗装はされているが道は細い。所々に待機場所も設定されているが、前から車が来ないことを祈りながら負釣山登山口の標識に導かれるまま車を約4kmほど走らせる。やがて舗装道路が尽きる所に広い駐車スペースのある広場に出る。


 山の紹介本には車10台と書いてあるが、20台は停められそうな位に広い。そこから林道は更に奥に続く道と登山口が途中にある道に分かれる。今回は4月中旬に登った時の記録である。
 駐車場から3分程度歩くと、階段状になった登山道が左手に見えて、登山口の標識もある(10:17)。そこで林道と別れて左手を行くが、最初から急登だと思っておいた方がよい。


 やがて1合目の標識につく(10:25)。1合目から少し進むと左手に後立山連峰の北方領域の山が見える。写真右端は初雪山(1610m)。


 2合目付近は杉林となる(10:35)。所々平坦な道もあるものの急登が多い登山道と思っておけばよいだろう。
 3合目(10:43)辺りからブナ林となる。4合目手前から比較的緩やかな道となり、遊歩道的な雰囲気も漂う。

4合目(10:51)、5合目(11:00)と過ぎ、緩やかな道は6合目の手前まで続く。6合目(11:12)からは尾根も細くなり、急登になる。
要所要所にロープがある。木の根がぐしゃぐしゃと足元にあり、それを利用した登山道なので、特に下山する時は足を引っ掛けないように注意が必要だ。
7合目(11:24)にはベンチがあるので休憩するには見晴しも良いのでもってこいだろう。

さらに急登は続く。ロープのある険しい旧道を迂回する場所も2カ所設置されていた。8合目(11:32)を過ぎ、9合目(11:37)を過ぎた辺りから登山道の左側に残雪が見えだす。
今回、遠くから負釣山を見ると山肌に雪が残っていた。登山道もかなり雪に埋まっているかと思っていたが、今までは登山道には雪はなかった。
しかし、山頂の標柱が目の上に見えた頃には登山道は雪に埋まっていた。比較的急な残雪に残された先行者の足跡をたどると間もなく山頂に着いた(11:45)。

山頂の大部分は、まだ雪に埋まっていた。山頂には既に年配の男女三名の登山者がいて色々と内輪の話に花を咲かせていた。今回は快晴だったので正面には剱岳、毛勝山、駒ヶ岳、僧ケ岳の立山連峰の北方領域の山岳。

その左手は後立山連峰の鹿島槍ケ岳、五龍岳、白馬岳(これは木の合間)、朝日岳、初雪山と見えて日本海へと落ちて行く。

日本海側は黒部扇状地帯が見えて、入善地区の菜の花かチューリップの黄色い花が遠目に見えた。


 帰りは来た道を引き返すが、急な下りなので慎重に足を運ぶ必要がある。

今回の往復所要時間、往:1時間31分、復:1時間10分

2017年4月20日木曜日

鋲ケ岳(861m)と烏帽子山(1274m)


 

  富山県黒部市にある山。今回紹介する時期は10月中旬で黄紅葉真っ盛りの時期になる。黒部市中心地から山手の嘉例沢森林公園へ向かう。かなり山の中に入るが、そのどん詰まりの所に公園のトイレが設置された駐車場がある。直ぐ近くにある鋲ケ岳への登山口を登る(当時は10:00発)



 つづら折りの登り道をせっせと登ると左に鋲ケ岳、右に烏帽子山の分岐点がある尾根に出る。まず左に尾根を下るように行くとすぐに鋲ケ岳山頂にある四阿に着く(10:14)。



 四阿の宇奈月温泉側の部分が崩れているので注意のロープが張ってある。さほど見晴しも良くない山頂を後戻りして烏帽子山へと向かう。尾根づたいで緩やかな登山道というか遊歩道のような道が続く。途中、モリアオガエルが生息するという天池(あまいけ)がある。秋だと落ち葉だらけで大した風景は期待できない。さらに行くと「のぞき」という宇奈月温泉を見下ろせる場所に着く(10:33)。


 ここなら後立山連峰を見る事ができるが、基本的には進行方向の左側にある後立山連峰は見えない登山道になっている。その内に急な登りが出てブナ林に入る。さらに細い尾根を過ぎ下り登りをしている内に烏帽子山の前衛峰に着く(11:33)。


 その付近では、手前に烏帽子山が見え、左手には後立山連峰が連なりが見える。さらにアップダウンを繰り返し、変な谷筋に迷いこまないようにロープの張られた場所などを過ぎると最後の急な登りになる。さすが烏帽子という名前にふさわしい。
 とは言え、直ぐに烏帽子山の山頂に到達する(11:54)



 山頂からは手前に僧ケ岳の大きな山塊は見えるが、その左には後立山連峰の鹿島槍ケ岳の双耳峰、五龍岳、白馬三山などが見渡せる。


 日本海側に目を移すと先ほど登ってきた前衛峰が正面に、鋲ケ岳が左隅に小さく見えている。



 一体、岳と山の違いは何なのか考えさせられる鋲ケ岳と烏帽子山である。
帰りは来た道を忠実に戻る。

今回の往復に要した時間は、往:1時間54分、復:1時間17分

2017年4月17日月曜日

戸倉山(975.5m)




 

 新潟県糸魚川市の山。シーサイドバレースキー場の奥のゲレンデから見ると間近に見える山で、円錐状の独立峰である。スキー場前を更に奥にいくと「しろ池の森」へと続く舗装道路がある。
 トイレのある「原の館」という建物の近くに駐車場がある。さらに舗装道路が白池まで続くが、一般車両は入れないようにしてある。
 舗装道路を歩いても良いが、駐車場すぐ右手の登山道を進む。早春~晩秋にかけて四季折々の風景を見せてくれるが、夏場は暑いので避けた方が無難だろう。
 一旦登り、下ると舗装道路に出るが、すぐ目の前に四阿のある登山道が続いている。その道も登って下ると広い舗装した場所にでてくる。
 そこに旧街道の塩の道と合流すると白池がある。ここまで約20分程度。白池はエメラルドグリーンの色合いを持つ池だ。葉を落とした季節では池面には正面にそびえる雨飾山が映る。

 池の周遊コースもあるが、道標に従って塩の道を兼ねた登山道を登る。池を見下ろす小高い場所にくると頸城三山と呼ばれる山塊が岩峰鋭く聳えるのが見えてくる。ここは昔糸魚川から松本へ塩を運んだ道で、松本街道とも呼ばれる。今でも道が途切れ途切れだが残っていて、この道を辿る人もいるようだ。右手に戸倉山の斜面を見ながら登る。秋はススキや黄紅葉がきれいな場所だ。

途中、右、松本街道と左、中谷道の分岐を示す古い苔むした道標がある。さらに斜度が上がるが、登りきると角間池にでる。秋は池面に移る黄紅葉がきれいな場所だ。初夏は青葉がきれいなブナ林がある。白池から角間池までも大体20分程度。

 塩の道は池に沿って、さらに奥へと続くが右手にある登山口を登る。最初は急勾配だがやがて穏やかな斜面になる。周囲はブナ林だ。ブナ林に間に付けられた道を突き詰めると尾根の鞍部にでる。
 ここからは90度右に方向転換して、ひたすら登りが続く。途中、視界の開けた場所があり、白馬岳方面を見通せる。そこから約10分程度我慢の登りを続けると広めの山頂につく。


 山頂は360度遮るものが無い景色だ。目の前に雨飾山、左に目を移せば頸城三山(駒ヶ岳、鬼ケ面山、鋸岳)、さらにその左には糸魚川平野を流れる姫川とその先に日本海が広がる。さらに左にいくと再び山が見える。黒姫山、明星山、さらに白馬連峰を構成する朝日岳、雪倉岳、遠くに白馬岳がかろうじて見える。しかし、雨飾山と白馬岳を写真に撮ろうとすると、若干前にある木々が邪魔なのが欠点ではある。

 登山口からは大体1時間程度で登れる山である。山頂からは北に向かう登山道もあるが、北口に向かう急なコースになるので間違えないで帰りたいものである。



【残雪期】

 4月上旬は戸倉山もまだ残雪に覆われて、初夏や晩秋とは異なる趣を呈する。いつものように原の館へ車を進めようとすると、かなり前で通行止め。比較的広い場所だったのでそこに車を置いて原の館までの道を歩き始めると、除雪車が道を塞ぎながらの除雪中。道路自体がまだ2m近い雪で埋まっている。仕方が無いので、どこか桜見ながら散策でもしようかと車まで戻ると、丁度、今から戸倉山へ行くという年配の方が登山の準備をしていた。
 彼は今年に入ってから13回目の戸倉山登山だという。彼に残雪期特有の原の館へのコースをアドバイスしてもらい残雪を踏みしめながら歩き始める。カンジキを持ってきたが無くても大丈夫そうなのでリュックに着けたまま登る。原の館へ行く夏道の上を歩く形だ。やがて、行く手に原の館が見えてくる。そこからは舗装道路が下に埋まっているコースを歩く。
 白池の手前の方だが、左下から雪上を登ってくる先程の年配の男性がいた。彼は直接白池へ行けるルートで来ている。私よりペースは早く、差は開くばかり。それでも白池で休憩している彼に追いつき、立ち話をする。白池の半分は氷が張り、普段見る池とはかなり様相が異なっていた。彼を見送って休憩した後に出発。


 夏道では角間池までジグザグに登るが、この季節は一直線に角間池のある峠まで登る。急な場所は彼の付けた足跡を追う。角間池も半分以上が凍っている。この季節ならではの風景だ。
   

 
 さらに夏道の上と思われる辺りを登る。稜線からも雪が多く、夏場は谷への斜面かもしれない場所も登山ができるようになっている。やがて山頂からは二人の声が聞こえる。見上げると二人が立っている。一人は先行した一人だが、もう一人はどこから登ってきたのだろう。
 その内に狭い雪上の山頂に着く。登り口から2時間10分。普段より1時間以上、多くかかる。もう一人は戸倉山の北側の登山口から登ってきたという。私が来た登山口より急な斜面の方だ。先行者の話によると山頂付近は日本海側の強風を受けて雪が多い時期は雪庇になっているが、今は雪が少ないため雪庇にはなっていない。それでも山頂を示す道標は遥か雪の下である。



 周囲を妨げるブッシュは雪の下にあり、まさに360度の光景が広がっていた。帰りは先行者に別れを告げて先に下山。彼が登りに使った雪上跡を忠実にたどり、車を置いてあるところに着いた。下山は45分程度だった。

2017年4月15日土曜日

伊吹山 (1377.3m)

 
    滋賀県の最高峰の山で、日本100名山の一つでもある。古くから修験者の山として知られ、また織田信長が薬草園を作らせた山としても有名である。かつては積雪も多く、スキー場もあったが2009年に42年間の歴史を閉じた。今も登山道周囲にその跡がいくつも残っている。
 登山は伊吹山山麓の上野地区三之宮神社裏から始まる。車はその近くに点在する民宿の駐車場におく(大体が500円)。気さくなお姉さん(私より年配という意味だが)が小袋に入ったピーナツを手渡してくれた。自宅で落花生を作っているという。
 今回は出発時間を丁度、午前9時にした。時期は4月中旬。
 最初は、日の当たらない杉林の広い登山道を登って行く。25分で1合目と書いた看板の所に着く。すぐ目の前には元のスキー場があり、視界が拡がり明るくなる。近くには店やトイレなどもある。


 スキー場の左側にある登山道を登りきると2合目と書いた看板が見える(9:41)。砂利道の自動車道を横切りさらに登る。傾斜は次第にきつくなるが、視界は良く、琵琶湖方面の景色も見える。
 傾斜は緩やかになり3合目近くになると正面に伊吹山の大きな拡がりの山容が見えだす(10:13)。近くにはスキーで利用されていたゴンドラの駅舎跡や高原ホテル跡が寂しげに今も残っている。3合目には山頂までの間では最後の公衆トイレが設置されている。


 開けた高原状の真ん中に付けられた登山道をさらに登り続けるとすぐに4合目に着く(10:22)。
この辺りまでがスキー場だったのかもしれない雰囲気が漂っている。そこを右折するように登山道は続く。周囲に樹木はあるものの明るい登山道を登りきると5合目に到着(10:34)。ここには自動販売機が設置されている。休憩用の机と椅子もあるので、正面にぐっと迫る伊吹山を見ながら休憩するにはもってこいの場所だ。これからの急な登りを予感させられる場所でもある。


伊吹山斜面は本当に高い樹木も無い高原状になっている。土砂崩れでもあれば、どこにも引っかかりなく落ちて良そうな雰囲気だ。つづら折りになった登山道をていねいに登っていくことになる。
 6合目手前には避難小屋がある(10:55)。とにかく、この先はひたすら登るのみである。


 8合目(11:25)には休憩用のテーブルと椅子が用意されている。5合目以降の登りでは振り返るとどこでも琵琶湖方面の景色が見られる。


 山頂までもう少しという所で雪が現われる。昨年は10日ほど早めに伊吹山に登ったが、雪は無かった。今年はことの他、積雪が多かったようだ。雪の丘を登りきると目の前に山頂が見える。
 11:45に山頂に着く。着くと直ぐに伊吹山寺がある。山頂は広く、日本武尊像の他にもいくつかの碑がある。売店もある。また今年は雪で覆われている部分が多い。




 山頂からは滋賀県北部の山や南部の山が見渡せる。滋賀県は琵琶湖で大半を占めるイメージもあるが、意外と山も多いのだ。
 上野登山道と反対側の直下には伊吹山ドライブウェーの終点駐車場が見えていた。帰りは来た道を下る。所要時間(往:2時間50分、復:1時間45分)
 

2017年4月7日金曜日

五色ケ原から薬師岳縦走ものがたり


 これは2016年7月に富山県にある立山連峰の縦走路の一部である五色ケ原から薬師岳へと縦走した記録である。

2016年7月21日(木)

 富山市内から見ると山の方は曇っていて山の姿は見えないが週末まで晴れ予報がでたので五色ケ原―薬師岳縦走を決心する。立山駅の駐車場は先週7月10日の山の会で来た時と同じくらいで第一駐車場でも若干の空きがあった。午前7時10分の立山駅発の臨時ケーブル便に乗る。高原バスに乗り換えて午前8時15分ごろに室堂に着く。普段は書かない登山届を書いて表にでる。ガスってはいるもののガスの流れは早く、時折り山容を見せてくれる。

午前8時30分 室堂出発

7月1日の山開きの日には四カ所位あった一ノ越までの雪渓も二カ所になり、量も随分と少なくなっていた。


午前9時17分 一ノ越到着。同20分出発

一息ついてから同20分出発。浄土山へ向かう。ガスの流れは相変わらずで雄山も見え隠れする。浄土山や竜王岳も同様だ。花も色々と咲いている。途中で笠ケ岳からずっと縦走してきたというかなり日焼けした男性と会う。


午前9時50分 浄土山(2831m)に到着

詳しくは浄土山頂ではなくて五色ケ原との分岐点に到着。竜王岳を巻いてそのまま五色ケ原へと向かう。実に30年振りに歩く。当時は10月初めの軽く雪の降った後で大学病院の仲間四人で五色ケ原山荘までの山行だった。竜王岳の下り際に五色ケ原の方がガスの間から見渡せた。遠く今日の宿の五色ケ原山荘が見える。

さて竜王岳の下りは思っていた以上に急坂である。一気に下って行く。途中テント担いだ若者が辛そうに「あれが浄土ですか?」と聞くくらいにへばっていた。五色からは何組かの高齢者夫婦らしき二人が登ってきていたが皆さんつらそうだった。この坂の登りはつらいだろう。途中の急坂でも脇には黄色、白色、紫色の花が真っ盛りである。やがて残雪のある竜王岳と鬼岳の鞍部が下にはっきりと見えだす。

四人が私と同じ方向に歩いている姿が小さく見える。大きな岩がごろごろしているのか彼らが歩くたびに下の方から岩のこすれ合うような音が聞こえる。


午前10時19分 竜王岳と鬼岳の鞍部に到着

振り返ると竜王岳の岩峰が大きくそそり立っている。一ノ越からはやさしい緩い登りを見せる浄土山だが裏に回ると竜王岳として形を変えて荒々しさを見せる。鬼岳を巻くように登山道が続く。やっかいなところにはハシゴが付いていた。途中、二カ所ほど雪の残る場所を通る。例年この季節だと結構雪が残り慎重を要する場所らしいが、今年は楽に通り抜けられた。途中に先に小さく見えた若い男性一人、若い女性二人、ご高齢男性一人の四人組が休憩をしていた。そこからは獅子岳が目の前に見えてくる。
彼らを抜いて木道が続く稜線をしばらく歩くと獅子岳への登りとなる。


午前10時52分 獅子岳の登り手前の広くなったところに到着

水分補給と捕食のため休息。バナナには速攻性のブドウ糖と持続性の炭水化物が入っており、またカリウムも豊富なので疲労回復には好都合だろうと今回は乾燥バナナを持参。どれだけ効果が有るか分からないがそれを捕食する。休憩している内に先の四人組に抜かれる。五色ケ原でテントをするらしい。


午前11時02分 出発

獅子岳への登り開始。急登ではあるがゆっくりと歩を進めると特に問題はない。時折り後ろを振り返ると今来た道や竜王岳、鬼岳、雄山が見える。先行する四人とはほどよい距離を保ちながら登る。先頭を行くご高齢男性の息遣いが荒いようだ。登り切ったところで女性の一人が「さっきから30分程度しか経ってないですけど休憩しますか」と御高齢者に声をかけて四人は休憩に入る。私はお先に失礼させてもらって直ぐ先にある山頂に向かう。



午前11時24分 獅子岳山頂(2741m)に到着

山頂に着いたものの周囲はガスってなにも見えない。一人男性が昼食を食べていた。そこからしばらくは緩やかな下り道が続く。獅子岳の稜線の東側につけられた道で、黒部川の方向が良く見えるが対岸にあるはずの後立山連山はガスに覆われている。時折り黒部湖を垣間見る程度だ。それでも周囲にはチングルマの花や様々な花盛り。一人の中年女性を追い抜く。次第にガスが濃くなっていく。やがてザラ峠へのざらざらとした歩きにくい急な下り坂が始まる。ハシゴが設置されている場所もある。前方には五色ケ原とザラ峠が見えるはずだったが濃いガスで覆われて何も見えなくなった。途中、雷鳥の親子がいた。親1羽とひな3羽で登山道にある砂地を利用して砂浴びをしている最中だった。今回はカメラの動画を利用しても撮影もする。

やさしくそこを避けるように下るがわずかに登山道の脇に逃げる程度だった。なおも登山道は下り続ける。大きなザックを担いだ若い男性三人が登ってくるのとすれ違う。きつそうだ。どこまで下るのかと思うほどの長い下りだ。


午後12時11分 ザラ峠(2348m)に到着

ここで昼食にする。珍しく自分で朝作ったおにぎりを食べる。しばらくして五色ケ原から男女4人組が降りてくる。ザラ峠の標識板の後ろの岩に干してあった靴下が彼らの中の一人のものだというので盛り上がっていた。ついさっき私は靴下入りの看板の写真を撮ったばかりだった。「靴下無しの写真を撮ってください」とその持ち主が言って彼らは去っていった。面倒なので撮り直しはしなかった。やがて先ほどの四人組みが追いついてきて休憩に入る。ご老体がかなりお疲れの様子だ。元気な女性たちとザラ峠への下りの途中でみた雷鳥の話で盛り上がる。


午後12時25分 ザラ峠を出発

五色ケ原への登りにかかる。終始ガスっていて周囲が見えないが赤茶けた岩肌が時折り進行方向の右側に見える。立山カルデラの谷合の一部がみえる。


午後12時45分 五色ケ原の端にある木道に到着

  登りきると木道が続く。周辺はガスってしまい風景は望めないが、高山植物の花盛り。やがてキャンプ場への分岐点が出る。そこを直進する登りを進むとやがてガス靄の中に五色ケ原山荘が見えてくる。

  山荘の前では男女二人がザックを担いだ男性二人と何やら話をしているのが遠くからでも聞こえてくる。私が到着する前に男性二人は先へと歩いて行った。今からだとスゴ乗越小屋に行くにしてもかなり遅い到着になるのではないだろうか。


午後1時06分 五色ケ原山荘に到着

  実に三十年振りの山荘だが、当時のことはほとんど忘れてしまっている。山荘前にはまだ男女がいたので先ほどの二人の男性のことを聞いてみると「行けるところまで行って、それから考えると言っていた」とのこと。さっそく宿泊の手続きをする。朝早く出発したいので今日中に弁当を支度してもらうのと夕食を頼んで9500円なり。部屋は2号室に案内される。6畳の部屋である。とりあえずは予約順に部屋を割り振っているようで到着時に部屋には一人だけ。早速荷物を置いて缶ビール500ccを買う。800円也。山荘前のテーブルで地図を確認しながらビールを飲む。時折りガスが晴れて近くの鷲岳(2617m)や鳶岳(2616m)が姿を現すが直ぐに隠れるという状況。立山方向もガス、後立山方向もガスに覆われている。時おり部分的にしか姿を確認できない。
  夕食は午後5時から5時45分まで。まだ時間があるので部屋で持参した本を取り出し読んだり、うとうとしながら過ごす。どうも登山客が少ない様子なので布団を部屋の真ん中に引きなおして荷物も部屋中に拡げた状態にして乾燥させることにした。そう言えば30年前もガラガラ状態であったことを思い出す。メンバーの女性が一人きりの部屋になるのが寂しいと我々男性3人だけの部屋に来て泊まったのを思い出す。
  午後4時前に突然館内放送がある。「お風呂の用意ができましたので男性の方は午後4時から30分間、女性の方は午後4時半からお願いします」。風呂があるとは予想外だったので早速風呂へ向かう。四人ほど入ると一杯になる湯船とシャワーだけの洗い場が二つ。シャンプーや石けんの利用は不可だが、ゆっくりと浸かることができてうれしい誤算だった。後で調べると確かに昔から風呂設備があることになっていた。風呂で一緒になった男性は今年は雪が少ないと聞いていたからまさか風呂に入れるとは意外だったと私とは違う意味で感激していた。
  夕飯はごくシンプルであったがそれでも主食は小さなエビフライが二本。ごはん山盛り二杯とみそ汁二杯と普段は食べない量を食べる。夜は結局、各部屋一組ずつになり私は一人で部屋を独占できた。後で聞くところによると10組12人だけだったそうだ。その中に獅子岳の稜線で追い抜いた中年女性がいたが、雷鳥平にテントを置いてきたから明日は黒部湖に下って黒部ダムから室堂へ戻ると言っていた。他にも黒部湖に降りる人もいたが、薬師岳へ行く人は都合7人だった。この夕食後あたりで立山方向が良く見えた。明日は午前4時発の予定のため早めに休む。

 

2016年7月22日(金)

  今日のコースは地図から割り出したコースタイムは10時間24分。果たして行けるのだろうか?無謀ではないか?など色々と思いつつも午前4時に出発すれば休憩なしで午後2時半には着く。途中休み休み行っても午後3時半から4時までには着くだろうという計算と場合によってはスゴ乗越小屋で一泊という手もあると算段した計画だ。


午前4時04分 五色ケ原山荘出発

  朝食準備をしていた御主人が私の出かける音を聞きつけてか、見送りにでてきた。礼を言ってから外に出ると一人自炊場で朝食の準備をしている人がいた。外はまだ薄暗くヘッドランプをつけながら木道を鳶岳へと進む。しばらく木道が続く。傾斜も緩やかなので歩きやすい。朝一の行動のためか多少息が切れるが前日の脚の筋肉疲れは残っておらず順調に行けそうな予感がする。最初はガスっていたが次第に晴れてきて剱岳、竜王岳、雄山などが黒いシルエットで見える。池塘も淡い朝日を反射していた。東の空はほのぼのと明るくなっている。後立山の山々も今朝は姿をみせていた。


 
午前4時34分 鳶岳(2616m)山頂着

  鳶岳山頂でしばし周囲の景色に見とれる。「とびやま」ではなく「とんびやま」と読むのが正解らしい。


午前4時40分 鳶岳山頂発

  しばらく緩やかな下りの道が続く。前方に越中沢岳、その右手には遠く薬師岳が姿を見せている。

  



  あそこを越えた所に今日の宿、薬師岳山荘がある。遠いなあというのが実感である。歩きやすい道をぐんぐんと高度を下げて行くが、先にある鞍部の所(おそらく越中沢乗越2356m)に赤いテントらしい人工物が見える。次のテント場はスゴ乗越だから明らかにビバーグをしているのだと知れる。やがてそのテントの所にでると中年と若者の二人の男性がいた。「昨日ここまできたものの越中沢岳の登りを見ていると急に行く気をなくしてここでビバーグすることにした」という。「三十キロ(二十キロだったか?)の荷物担いでは厳しい。水がネックだった」とぼやきとも取れる言葉も聞こえる。緩やかな登りではあるが標高差は確かにある。おそらく昨日山荘の前で「行ける所まで行ってみる」と言っていた男性二人組だろう。彼らと別れて越中沢岳の緩やかな登りを歩く。途中の樹林帯を抜けると開けた高原状の山である。山頂かと思っていたピークは手前のピークで本当のピークはその先にあった。


午前6時09分 越中沢岳(2591.4m)山頂着

  越中沢岳の山頂にて五色ケ原山荘でもらった弁当を拡げ朝食にする。焼いた鮭がやけに塩辛い。登山中の塩分補給には良いが平地では血圧に良く無さそう・・・。食べ終わる頃に一人の男性が追い付いてきた。五色ケ原で宿泊していた男性で、私が出発する際に自炊していた男性だ。このコースは薬師岳から来たことはあるが反対コースは今回が初めてだという。予定より早く着き過ぎてしまった、どうするかなという彼は見るからに健脚そうだ。少し休憩しただけで彼は先に歩いて行った。
  写真は山頂から北薬師~薬師岳方向



午前6時35分 越中沢岳山頂発

  越中沢岳からスゴの頭への登り返しまでは一気に下ることになる。先ほどの彼の説明だと一気に260mは下るのだという。本によると一番の難所とあるので予めポールはしまっておいた。確かに急坂で歩きにくいは歩きにくいが思ったほどではなかった。しかし後半が大きな岩の稜線を左側に巻いていく場所が直ぐ左側が谷へと落ち込んでいたりするので危険性という意味では慎重に行動しなければいけないところだ。やがて樹林帯に入りスゴの頭への鞍部に着く。


午前7時22分 スゴの頭手前の鞍部着&発

  越中沢岳からの下りから陽射しが出てき始めて鞍部付近は風通りも悪く、暑くて汗もやたらと出だす。後ろから人が追い付いてくる気配もある。とりあえず目の前の坂を上る。意外と急坂で小砂利の道を直登する感じで結構きつい。後から二人組の男性が徐々に追い付いてくる足音がする。今回の山行では目標と定めたところまで何とか止まらずに行けるというのが良かった。スゴの頭の登りもスローペースではあるがなんとか一気に登りきった。標高差は約100mとある。



午前7時47分 スゴの頭ピークそば着

  スゴの頭のピーク(2431m)のやや西側に出る。地図によるとピークより標高が30mほど低い場所のようだ。ピークへ行く道は無さそうなのでこの地点をピーク到達したと見なす(自分の基準)。写真はスゴの頭から越中沢岳を振り返る。
   

  後から近づいていた二人組はすぐにここで追いつかれ立ち止まることなく下っていった。もっと景色を楽しめば良いのに思うのだが・・・。来し方の越中沢岳からの下りが急峻だ。進行方向には森の中にスゴ乗越小屋が見えている。さらにここからも一気に下っていく様子が分かる。230mほどを下る計算だ。そして登り返して二段目くらいの場所に小屋がある。遠くに北薬師岳が見えるが次第に近くなってきているという実感が出てくる。

  スゴの頭からの下りも急ではあるが最初は大きなてんでの形をした岩の上を下って行く。やがて樹林帯に入る。途中、テント入りザックを担いだ男性とすれ違う。「あんたら早いねえ。この時間でここにいるんだから」と汗だくの表情で言われる。まあ、先行する三人は早いのだが、私はどうだろう? 樹林帯は低山の雰囲気で暑い。雲は晴れて陽射しが眩しいくらいだ。


午前8時19分 スゴ乗越着

  スゴ乗越はそこそこのスペースもあり休憩する。振り返ればスゴの頭の緑に覆われた山容が高く見える。スゴの頭は一気に登り、そして一気に下るという印象のある山だ。


午前8時24分 スゴ乗越発

  森林地帯の登りになる。陽射しもあるので暑く、体力を消耗していきそうな感じだ。我慢してゆっくりと登り続けると平坦な場所にでる。スゴ乗越のキャンプ場だ。そこを左に続く道をたどるとすぐに小屋がある。意外と時間がかかってしまったという印象だったが、結果はほぼ予定通りだ。


午前9時7分 スゴ乗越小屋着

  小屋の前のテーブルでは越中沢岳で話をした男性が休憩をしていた。

  丁度コンロをしまっているところだった。白米に飽きてパスタを食べていたという。雷鳥の親子が途中にいたが気が付いたかとも言われたが私には分からなかった。小屋の中からは周囲にそぐわないロックの音楽が鳴っていた。小屋の前には水の提供場もある。呼び鈴をチリンと鳴らすと若い女性が出てきた。リンゴ果汁のペットボトルを購入する。400円也。その間に無線の交信の音声が入ってきた。槍ケ岳・・遭難者・・骨折ありなど・・・山岳救助の連絡所にもなっているのだろうか。休憩中に若い男性が一人登ってきた。彼も五色ケ原山荘に宿泊していた男性だ。確か薬師岳山荘までいくかどうか迷っていると言っていた男性だ。入れ替わりに先行していた男性が出発した。スゴの頭で追い抜いて行った二人組は影も形も無かった。足の状態も良く、また体の疲弊もそれほどない。そして午前9時過ぎにここまで来た以上、この小屋に泊まるという選択肢は消えた。


午前9時30分 スゴ乗越小屋発

  若者に先行して出発。しばらく樹林帯を歩くがやがて回りに高木はなくなり高山の雰囲気が漂い始める。稜線を左手に見て、這い松の中に付けられた登山道を緩やかに登って行く。その頃には再びガスがかかり始めて遠景は全く望めない状態となってきた。やがて、それなりの大きさの池が見える地点にくる。地図では間山池と載っているからそれだろう。そして間山への登山道はぐっと傾斜を上げていく。しかし登りやすい道が続く。周囲はガスってなにも見えない状態が続く。


午前10時40分 間山(2585.2m)山頂着

  間山山頂は主登山道から少し外れた西側にある。周囲はガスっており景色を望むべくもない。どのような風景が見られるのだろう。目の前に北薬師岳が大きいのだろうと想像する。ここでもしばし休憩をとる。ともかく長丁場なので水分補給や捕食に心がける山行である。ややあって先ほどの若者が追い付いてきて休憩をとる。登山道の確認をしあって、私が先に出立する。


午前10時50分 間山山頂発

  ここからも緩やかな歩きやすい稜線の登りが続くが、ガスって周囲の景色は相変わらずのぞめない。間山からあまり下った感じがしなかったので間山は恐らく稜線の一つのこぶのような山頂なのかもしれない。しばらくして鳥の鳴き声がする。雷鳥の親子がまた居た。今度はひなが2羽だった。これまで見た中では個体としては少し大きく感じた。ひなも元は倍以上の数がいたのだろうが、ここまで成長する過程で烏や他の動物に襲われてしまったのかもしれない。行く手のガスの中から赤茶けたピークが先に見える。北薬師岳から連なる稜線の中の1ピークだろう。少し斜度も増してくる。道に岩も混じり出してくる。途中、後ろから次第に追い付いてきた若者に道を譲る。時折りガスが晴れて薬師岳の東南尾根方向が見える。しばらく行くと二重稜線になった間に残雪がありそこの右側にある登山道を登りさらに左側に移り岩場の急登となる。いくつか急登を繰り返し、また岩場渡りを繰り返す。時々、ガスが移動して目の前に北薬師岳が姿を現す。

  思った以上に北薬師は遠い。ここまでくると何組かの登山者とすれ違うようになる。早朝、折立を立ってスゴ乗越小屋へ行く人達だろう。


午後12時37分 北薬師岳(2900m)山頂着

  北薬師岳山頂にはやっと到着した感が強かった。それにしても以前に北薬師岳の山頂に来た時とイメージが異なっていた。山頂には黒部川に向かって間山行きの看板があったはずなのだが、今回は逆の方向から山頂へ到着する。どうやら元あった登山道は崩落したみたいで崖となっていた。ともかく持参したパンで軽く昼食をとる。今回は途中、捕食やなんやで結構口にいれながら歩いているので昼食も軽くて済んだ。


午後12時47分 北薬師岳山頂発

北薬師岳山頂からは以前にも来たことがあるので気持ち的には随分と楽になる。しかし意外と細い岩場の稜線なので結構慎重にならないといけない場所がある。特に北薬師岳近くの稜線は要注意だ。ポールは再び仕舞い込んで薬師岳への稜線を進む。短くて一か所だけだが匍匐して行く場所を通る。私がビビりだからだろうが、ここは怖い。眼下には薬師岳のカールが広い。


そして我慢の登りを経て薬師岳山頂へと出る。


午後1時45分 薬師岳(2926m)山頂着

  薬師岳山頂直下の登りの途中ではしっかりと見えていた北薬師岳だったが山頂につくとガスに覆われてしまいその姿を撮り損ねてしまう。山頂には途中で私を抜いて行った若者がまだ後立山連峰などの風景に見入っていた。

  10分程度そこにいて薬師岳山荘へと向かう。早くビールが飲みたい。


午後1時55分 薬師岳山頂発


午後2時32分 薬師岳山荘(2701m)

  長い行程も無事に終了してホッとする。全行程は10時間28分だった。コースタイムは10時間24分だったから休憩時間も考慮に入れると予定より早かったと言える。ここは五色ケ原山荘と異なり、やたらと多くの登山客が受付を待っていた。おまけに団体さんもいたため大部屋に結構な人数を回されてしまう。私や先行していた二人組と一人の男性は予約をしていたので予め布団の場所も指定されていた。さっきの若者は予約なしのため予約なし部屋になっていたようだ。彼は今日はスゴ乗越小屋、明日は太郎平小屋の予約を入れていたらしくバスも日曜日、東京へ帰る夜行バスも日曜日にしていたようで、急きょ色々と変更の必要がでてきたというので、折立から富山駅行きのバスの予約もとらねばならないという話になった。私は折立からのバスは予約は不要だと思っていたので彼に言って私の分もついでに取ってもらうことにした。電話はドコモしかつながらないため山小屋のおかみさんの携帯を借りて連絡。無事に予約もとれて二人100円ずつ負担して携帯をお返しする。先行していた二人組ともう一人は小屋にはほぼ同時に到着して午後十二時半には着いていたという。二人組は五色ケ原で朝食を食べてからだから午前五時過ぎ、もう一人は自炊してからだから午前4時半頃には出ているわけだから、私より2時間以上も早いペースで歩いていたことになる。朝夕一泊で9200円(五色より300円安い)。ビール350ccは700円(これは五色より高い)で買ってくつろぐ。夕食は午後5時から。とんかつ、やくし文字の入ったいつものオムレツなどで五色と比べると華やか。しかし体力消耗のせいか食欲は少なく、ごはんも味噌汁も一杯ずつ。熱いお茶ばかりをお替わりして飲んだ。さすがに疲れている。

 

2016年7月23日(土)

  山小屋泊まりの大部屋はいつものことながら寝たのか寝てないのか分からないうちに寝てしまっている。午前3時半過ぎには周りの騒々しさで目がさめる。ご来光を見るというので部屋の中も半数以上がいなくなり、団体さんもこぞって出かけて行き一気に静かになる。朝食は午前5時から7時までの間で随時となっている。五色から一緒だった一人は10時20分折立発のバスに乗り今日は富山まで行き富山でうまい魚を食べてホテルに一泊してから明日東京へ帰るという。早出するという五色組の三人と5時に朝食を食べる。朝食に必ず出てくる氷見のみりん干しが今回もでていた。彼らと別れてから少し時間をおいて私もゆっくりと下山にかかる。とにかく12時折立発のバスにさえ乗れればよいのだ。


午前5時30分 薬師岳山荘発

  早朝はガスっていたがすっかりととれて周囲が見渡せる。薬師岳が再びガスり始めていたが。太郎平小屋に泊まっていた人たちだろう。何組かとすれ違う。昨日の10時間を超える行動だったが足への負担はなく軽快に歩けるのが不思議なくらいだった。ゆっくりペースで歩いたのが良かったのだろうが、あれ以上のスピードで歩けるはずもない。

午前6時04分 薬師平着

  大きなケルンのあるところ。槍ヶ岳が見通せる。早く折立に着いてもしかたないと小休憩。




午前6時14分 薬師平発

  薬師平から間もなく多くのグループ登山者たちとすれ違う。沢の急坂の所の水量は普段より多かった。この時期、まだ雪解け水の量が多いのだろう。


午前6時40分 薬師峠着

  テント場にはまだ数張りのテントがあった。水場に行き、豊富に出ている水で顔や腕などを洗う。しばらく手を付けると痛いほど冷たい水だ。薬師岳山荘は天水対応のため十分な水が使えなかったのでほっとする。ペットボトルの水も入れ替える。


午前6時50分 薬師峠発

  本日の登りの最大と言ってよいだろう。太郎平への登りだ。やがて木道となり平坦な道を行く。今回の山行を思い起こしながらゆっくりとゆっくりと歩く。景色は上々。

午前7時11分 太郎平小屋前着

  私が着いた時は誰も小屋前の広場にいなかった。小屋の中から後片付けの音が聞こえる。宿泊客はもういないのだろう。ベンチに座り廻りの景色を見ながら、そして地図を見直しながらゆったりと過ごす。明らかな時間調整である。やがて薬師岳から下山してくる人たちも増える。また折立方面からも一人二人くる。おそらく折立で前泊していたのだろう。


午前7時44分 太郎平小屋前発

  しばらく見通しのよい緩やかな登山道を下っているうちに何人かの登りの人に会う。この時間帯でこの位置ですれ違う人はまだ前泊の人達だと思われる。午前6時開門で早めに折立に着いても午前6時40分ごろから出発。どんなに早い人でも2時間少しはかかるとして1時間は早い。


午前8時24分 五光岩ベンチ着

  時間調整のため休憩。目の前の谷を挟んで草木に覆われた大岩が見える。また薬師岳が大きく見えて今朝出発した薬師岳山荘も小さく見えている。すると第一班と称する中高年のグループが現われる。十数人はいる。薬師岳山荘に泊まるのだという。やがて第二班という第一班より少し人数の多い班が到着する。入れ替わりに第一班は出発。今夜の薬師岳山荘はごった返すことだろう。あの年齢層でかつ多人数で朝一発でここまで来るのは無理だろう。前泊でもしたのだろうか。ベンチも一杯になってきたので私も出発することにする。


午前8時36分 五光岩ベンチ発

  ひたすら下る。やがて朝一到着組らしき登山者が次々と登ってくる。やはり土日にかけて山に入る人が多いようだ。


午前9時34分 三角点ベンチ着

  私が着くと一組のみ。老夫婦らしい一組が到着して入れ替わるように最初の一組は太郎へと向かう。周辺がガスで覆われすでに遠景は見えなくなっている。ここでも時間調整のため休息。一人の登り登山者が加わる。もうピークは過ぎたのかもしれない。


午前9時52分 三角点ベンチ発

  折立への森の中の急坂を下る。結構登ってくる人もいる。10時20分折立発のバスがあるのだからそれに乗ってくる人たちが登ってもくるはずだ。かなり前には着いているはずだから、その人たちかもしれない。


午前10時45分 折立着

  バスの発車時刻まで1時間15分もあるのに折立に到着した。まず休憩小屋裏にある水場で顔や腕を洗う。トイレを済ませてから自動販売機で薬師岳下山の毎度恒例のファンタグレープを買って飲む。時間つぶしを本読みで過ごす。11時15分頃にバスが到着する。数人の登山者が降りてきて準備ができた人から登山道へと入って行った。30分過ぎにバスに乗らしてもらう。「予約していた〇〇です(予約番号0722-84141)」というとリストを見ながら有峰口までで2450円になりますという。

  そのリストを見ると予約者はほんの5名ほど。ガラガラだったわけで、少なくとも今回の場合は予約は必要なかった。金を払って切符をもらうが降車時には回収される。バスの中で待っていたが予約なしの人も含めて数人が乗っただけで出発。間に合わなかった人もいたようだ。有峰記念館、有峰ダムのバス停に乗降者もいないが止り、時間調整をしてから有峰線を下る。料金所を抜けて亀谷温泉に着くと7名ほどの登山装備をした人たちが乗ってきた。3分ほどで有峰口に到着。午後12時49分(途中工事待ちなどもあり1分遅延)だった。地鉄の有峰口駅への道筋を教えてもらって下車。脇道を通り階段を登ってすぐ駅が見える。かつて地鉄駅巡りをした時のままだ。旧小見駅の表示の「小□驛」もそのままに残っている。

  立山駅行きは私の調べでは午後1時11分発だったが、実はそれは平日用だった。土日は午後1時26分発だったので、駅周囲の写真などを撮ったり、トイレに行ったり、古びた駅を堪能する。定刻通りの電車に乗る。次駅の本宮を過ぎると森の中の路線を走る。線路脇の木々から延びる枝の葉が車窓にぶつかる。鬱蒼とした森が電車に迫ってくる。やがて旧駅の芦峅寺駅跡を過ぎる。以前歩いてここまで来たがこの季節は背の高い雑草で覆われホームすら分からない。もう一つの旧駅の粟巣野駅跡も雑草に覆われてホームが分からない。夏場は旧駅はそれと区別がつかない状態になっている。やがて立山駅に到着。午後1時39分ごろだった。運賃は410円。立山駅の食堂でソフトクリーム(350円)を食べてから車の置いてある駐車場へ向かった。

城ケ平山(446m)、峠山(477m)、ハゲ山(465m)

    いずれも富山市上市町にある山になる。標高こそ400m台と低いが、初冬には良い雪山歩きの道になる。城ケ平山山頂は別名、茗荷谷山(みょうがだにやま)といい、その昔、茗荷谷城があったとされている。山頂は開けて広く富山平野を一望できる。今回の紹介は12月中旬に城ケ平山ま...