2017年5月29日月曜日

富士写ケ岳(941.9m)




 
  石川県加賀市にある山で、JR加賀温泉駅付近からみると富士山型の美しい形をした山である。JR大聖寺駅付近まで行くと山頂付近が二峰性になってみえる。向かって右が本峰で左が前山になる。

大聖寺は日本100名山の著者、深田久弥の生地であり墓もあり、本山は彼の100名山には収録されていないが、久弥が愛した山だという。

この山には三つの登山ルートがある(我谷ルート、枯淵ルート、大内ルート)。1986年8月のお盆休みに登って以来で、実に30年振りになる。当時の記憶がほとんどなく、山頂には私一人でオニヤンマが飛んでいたことしか記憶にない。当時は1986年発刊の『とやま山歩き』に従って登っていたので、一般的なルートと記載のある枯淵ルートを往復したはずだ。当時の地図を見ると我谷ルートの吊り橋がなく、そのルートも一尾根違うルートが記載され、前山の手前で枯淵ルートと合流することになっている。30年も経過すると当時無かった吊り橋や九谷ダムができ、それに応じて登山道も変化しているようだ。今回は我谷ルートから登り、枯淵ルートを下山する5月下旬の行程を紹介する。

山中温泉を通る国道364号を我谷ダムに向かう。ダム手前のスノーシェッドが終わるところを県道へと左折する。道は狭くなるがしっかりした道が続く。まもなくダム湖にかかる赤い吊り橋が右手に見える。そこを過ぎた直ぐの右側に車10台程度が停められるスペースが確保されている。そこが満車でもすぐ先に数台が停められるスペースが用意されている。

 吊り橋手前を出発(9:54)
  高所恐怖症の人はしっかりと舗装された狭い吊り橋の道を見ながら歩きましょう。対岸に着くと右折してダム湖沿いに歩くと、左手に登山道入り口の標柱がある(9:58)。右手に何気にダム湖の風景を感じながらぐんぐんと登って行く(実際には繁茂する木々が邪魔でほとんど湖面は見えない)。タイムコースを記録するための目印になるものがない登山道だが最初の急登を登りきってしばらくすると鉄塔の下をくぐる(10:17)。

 ブナとコナラの森の中につけられた緩急おりまぜた坂が何度も続く。道は全体的に広めになっている。急な場所にはロープもつけてあるが、慎重に登りたい。シャクナゲの花で有名な山だが、この時期は枯れた花が多くなっている。ある急登を登りきると急に明るくなるが狭い尾根伝いの登山道となり周囲も低い木々となる。振り返ると日本海も見える。そして左前方に、こんもりとした二つの森のピークが見える。前山と富士写ケ岳だ(11:17)。 

 細い尾根沿いの道は、やがて富士写ケ岳本峰の山腹に入ると道幅は拡がるが、最後の急登が始まる(11:29)。10分ほど我慢の登りで枯渕コースからの合流点につく(11:39)。

  そこを右折すると、まもなく富士写ケ岳の山頂につく(11:42)。山頂には深田久弥のレリーフをつけた方位盤もある。


 山頂は丸く刈り拡げられて広いが、休みの日には登山者も多く、常時15人近くもいると手狭に感じる。周囲は低い木々に囲まれ必ずしも見晴しが良いとは言えないが、白山方向は見える。加賀平野から日本海も見える。

 山頂でしばらく休憩してから下山開始(12:14)。我谷コースとの分岐点へ戻ってから、枯淵コースへと道をとり前山へと直進。道は更に下る。やがて富士写ケ岳と前山の鞍部から登り返すと前山の山頂(12:22)。そこには深田久弥の詩碑がある「山の茜を顧みて一つの山を終わりけり何の俘(トリコ)のわが心早も急かるる次の山」

  白山方向の見晴は本峰より遥かに良い。この山頂にいたのは私と同年配位の夫婦連れのみ。ここから下山して我谷コースの駐車場までの舗装道路歩きは結構つらいよとアドバイスを頂く。

 前山から一気に下る。このコースもタイムコースの目安となる目印がないが、唯一と言っても良い「めぐ見台」につく(12:34)

  確かにこれまでにない位に白山方向や日本海側の見晴しが良い。振り返ると前山が大きく迫ってくる。 さらに細い尾根の緩急をつけた下りが続く。こちらのコースも適宜ロープが張られているので、自分の状況に応じて利用して下ると良いだろう。特にぬるりとした地質の道は気をつけよう。やがて眼下に九谷ダムが見え始める(13:13)。まもなく左手がすぐ崖で右手にロープの張った極めて細い道がでてくるので気をつけたい。

  さらに登山口の直前は崩れていて、ここも気をつけたい。枯淵コースは最後が、つまり登りの時は最初がなんだかやばい印象がある。登山口の最初は階段状になっている(13:30)。九谷ダムの新たな完成で従来の登山口が移動したようだ。

  我谷コースの駐車場までは舗装道路を歩く。すぐ近くにある九谷ダムを右に渡る道路は先にトンネルがあるので避けて、まっすぐに進む。九谷ダムの下流の川にかかる橋を渡り、次第に下流の我谷ダム湖となる右岸につけられた舗装道路をひたすら40分ほど下ると元の駐車場につく(14:11)

 所要時間 往;1:48  復;1:57(うち舗装道路歩き0:41)

2017年5月21日日曜日

荒島岳(1523.5m)


 
 福井県大野市の東南に位置する山で、日本百名山の一つになっている。白山を開山した泰澄大師の開山によるとされ、山頂には荒島大権現奥の院の祠がある。登山コースは中出(ナカイデ)コース、佐開(サビラキ)コース、勝原(カドハラ)コースの三つがある。今回は中出コースの5月下旬のご案内。

 福井市内から国道158号線で大野市内へ、さらに岐阜方向へ抜ける途中の中休の交差点を右折する。間もなく左手に荒島岳の案内板がある。いいのかなと思いながら中出集落の民家の間を抜ける道を進むと車1台がやっと通れる舗装道路が続く。やがて左手に広い舗装された駐車場が現れる。トイレと登山届を提出する建物も併設されている。



 駐車場を7:40に発。( )内は出発後の時間。引き続き舗装された狭い道路を上に向かって歩く。やがて左に中出コースを示す道標が出るので左折(0:06)。この付近にも車が5台ほど停められるスペースはあるが、左折してからの道路は造林関係者の専用道路になっているので一般車両は乗り入れ禁止だ。左に杉林を見ながら道路を進む。四差路のような場所にでるがメインの道路をゆるく左に曲がる道をとる。更に進むと二股に分かれるが右手、さらに二股に分かれる道を左手に行くと間もなく右手に登山口が現れる(0:28)。約30分近く林道を歩くことになる。
  登山道に入り杉林の中を登ると間もなく再び林道に出る(0:34)。すぐ目の前にある登山口に入る。すぐに林道に出る(0:37)。目の前にある登山口を登る・・・要するに林道をショートカットするように登山道が付けられている。実は今回は別々の二人の先行者がいて、彼らの後をついつい着いていってしまったのだが、数年前来た時に歩いたことない林道を歩いていることに途中で気が付いた。しかし、今更あとに引き返せないので林道を進むと右手に登山口が現れる(0:50)。
 その直ぐ近くには、やはり下り用の登山道があった。谷筋に付けられた登山道を登ってくるルートだ。
登山口を入ると狭い谷筋に付けられた登山道をひたすら登る。登りきった辺りに「おおこば展望台」という看板が木にぶらさがっている(1:14)。
 いつの間にか杉林からブナの林に代わる。五月下旬は新緑が美しい。

 小荒島岳に続くピークを巻く道を行くとやがて「向坂」と小さな標柱のある急坂にかかる(1:21)。ぶな林が美しい「ひえ畑」(1:36)を過ぎると、小荒島岳の手前の急坂「とやのおとし」を登る(1:42)。やがて、小荒島岳への分岐が出てくる(1:51)。ここから小荒島岳へは2分程度で登れる。
山頂の標高は1186mで、山頂からは荒島岳が大きく見えるが、遠くに見えていて、まだ先の長さを感じさせる。北に目を移すと残雪の白山連峰が見える。
 小荒島岳からは一旦下る。下った先には広い稜線にあるブナ林の中に付けられた登山道を歩く。さほど高低差を感じられないので、この山の登山道の中では一番の安らぎの場かもしれない。

 ちなみに私は数年前、残雪期のこの場所で広い稜線がゆえに迷ってしまい、慌てた経験がある。やがて勝原コースとの合流「しゃくなげ平」に着く(2:13)。
ここで捕食の小休憩をとる(4分間)。合流点を出発する(2:17)と一気に下る。途中に佐開コースとの合流点がある。下りきったところから徐々に登りが始まり出す。転落死も多いとの看板もつけられている。このコースの最も急な部分で「もちがかべ」という(2:26)。
階段や鎖、ヒモが取り付けてあり、慎重に登れば大丈夫だ。むしろ下りの方が危険だろう。この区間ではポールは、むしろ邪魔である。両手と両足をうまく使って登る方が安全だ。
 登り切ったところ(2:54)で正面に荒島岳が見えるが、なんだかまだ遠く感じるので少しがっくりする人もいるかもしれない。
 木の枝に表示された「前荒島(1415m)」(2:57)を過ぎると、次に立ちはだかるのが「中荒島岳(1420m)」手前の急坂。ここまではなんやかやと急坂があると思っておいた方がよい。中荒島岳に着くと(3:01)、ここからは比較的ゆったりとした登りになるが、ここまでの急坂で疲れ切ってしまった人にとっては最後の辛い登りになるだろう。笹の原に付けられた道を我慢して登り続けると荒島岳の山頂に着く(3:16)。

山頂は広く、そこからは360度の景色が広がるが、やはり白山連峰が一番目立つ。十分に体を休ませたあと、帰りは来た道を戻る。
11:56山頂発⇒しゃくなげ平(0:42)⇒小荒島岳分岐(0:57)⇒途中林道を通らず本来の登山道を下山(1:37)⇒駐車場(2:10)。

  所要時間 往:3時間16分  復:2時間10分

 

 行程が長く、要所要所で急坂が待っているので、ある程度体力を付けてから登りたい山という印象がある。

 

【残雪期】
4月末~5月初め付近は残雪も多く、様相は一変する。

1.しゃくなげ平付近の広い稜線:登山道は雪の下、迷わぬように歩きたい。



2.もちがかべ付近の残雪:右端部分がもちがかべへの斜面につながる。






3.山頂の残雪:当時はまだ山頂の標柱がなかった。



2017年5月12日金曜日

大辻山(1361m)、奥長尾山(1025m)、長尾山(1001m)


 


 
  大辻山は富山市内からは弥陀ヶ原の中央手前に見えるピラミッド型の山容をした形の良い山である。立山や大日岳に登っても眼下に特徴的なピラミッド型に見える山である。
  富山県立山町と上市町の境にある山で、登山口は立山町にある国立立山青少年自然の家に続く道を左折する林道を進む。舗装されているが基本的に狭く所々すれ違い用の拡がりもある。5Kmほど進むと長尾峠に着く。そこは10台ほど車を停められる駐車場になっている。

 大辻山の登山道は長尾峠から長尾山を経由してい

く道、さらに林道を下りた先にある登山口(ここが一般的)から行くコース、さらに林道を下に行った場所にある沢登り用のコース、そして林道を更に進んだ先にある北尾根ルートのコースがある。
 今回は駐車場のすぐ前にある長尾山を経由していくコースを行く。

駐車場の登山口発(9:51)。

一山越えて行くコースになるので利用する人は少ないようで一般コースと比べると道は荒れた印象がある。ぐいぐいと登って行く。ほどなく森の中にある長尾山の山頂に着く(10:00)。
 さほど広くもない見通しの悪い山頂を一気に下る。やがて一般用コースとの分岐点にでる(10:08)。ここからは大辻山に向かう稜線上の道をひたすら登る。この稜線は北尾根コースの尾根の途中に合流する。奥長尾山の山頂直下は結構に急登だ。やがて細長い奥長尾山の山頂に着く(10:18)。
 自然の家の活動の一環で周辺には番号が付けられているが、奥長尾山は3番となっている。奥長尾山山頂を過ぎるとだらだらとした下りになる。4番が下りきった場所と考えて良いだろう(10:25)。

 4番からは再び登りとなる。6番までは長くきつい登りが続くと思っていた方がよい。途中の5番(10:32)は少し広いスペースがあるので休憩している人も時折り見かける。特に5番から6番の登りはきつい。きつい登りを登りきると比較的緩やな稜線の道に代り、すぐに6番の表示が見える(10:47)。せっかく登った道だが再び下りに入る。そして再び登ると7番が出てくる(10:56)。

 実は、ここで又下る。そして、8番が見えると北尾根合流への最後の登りとなる(11:00)。

やがて北尾根との合流点9番に着く(11:07)。
 この分岐点を右折すると大辻山山頂への最後の急登になる。そう、大辻山は最後に我慢の急登が待っている山なのです。我慢して急な登りを一歩ずつかみしめながら登ると一旦平らな感じの場所にでる。しかし間もなく、さらに急な登りが続く。ひたすら我慢の登りを続ける。登りきったと思ったところに10番が見える(11:23)。
 ところが10番は終わりではなく11番まである。ただ急登はここまでで後は緩やかな登りである。それでも10番で終わりだと思った人にとっては辛い登りになるだろう。

 今回は5月中旬に登ったが、例年になく残雪があった。途中にも所々にあったが、10番から山頂までは雪で埋まっていた。山頂すぐ手前に11番(11:27)があり、間もなく山頂に着く(11:28)。
 山頂からは手前に大日岳が大きい。その左側には剱岳が顔を覗かせる。右手には立山三山から薬師岳への山波。その下には弥陀ヶ原や称名の滝なども眺望できる。

 今回は平日に登ったせいもあるが、たった一人きりの登山だった。平日でも誰かが登っているのが普通なのだが珍しい山行だった。

 帰りは一般的な林道の登山口に戻り、林道を駐車場に向けて歩いた。

 所要時間:往;1時間37分、復;1時間05分


【残雪期】
3月下旬~4月上旬はまだ林道が雪に埋まっている。国立立山青少年自然の家に車を停めてそこから歩くことになる(9:00)。3月末に友人F氏のスノーシューデビューにお付きあいの巻。私はカンジキにて雪の林道を奥長尾山の取り付きまで歩く。途中、大辻山が遠くに見える。


 自然の家から取り付きまでは約1時間半ほどかかる(10:35)。
そこからは夏道にとらわれずに、と言って大幅に外れる事無く登って行く。先行者もあったので、その足跡もたどる(写真はスノーシューに初挑戦のF氏)。
 奥長尾山(11:00)を通過。曇り空だったが徐々に天気も良くなってきたので大辻山まで行くことになる(時間的に多少迷いもあった・・)。
 そこから約1時間半ほどかけて大辻山山頂に到着(12:37)。あまりの良い天気、あまりの良い景色だったので1時間も休憩してしまう。


 山頂を13:37発、しかし、山頂直下の急斜面でスノーシューが大ブレーキになる。スノーシューは急斜面の下りでは取扱いが難しいことを知る。結局、F氏のスノーシューを1個ずつ分担して担ぎ、私はカンジキのまま、F氏はつぼ足で下りることになった。取り付き着が14:32、駐車場着が16:04だった。しかし、最後の林道歩きがかったるい。
 所要時間:往;3:37 復;2:27









2017年5月4日木曜日

米山(992.5m)


 
新潟県上越市と柏崎市の間にある山で、高速道路などから、きれいなピラミッド状の山として認識できる山で越後富士とも呼ばれている。名前は石川県の白山を開山したとされる泰澄大師の弟子の沙弥が海を渡る強欲な船主から米俵を五輪山(今の米山)に投げ飛ばした故事に由来する。信仰の対象になった山であり、昔から海上交通や漁場の位置の目印となった山だった。カシミールの山岳画ソフト図は上越市内から見た米山。

  山頂には米山薬師が安置されているお堂がある。今回は5月のゴールデンウィークに行った時の記録。米山には4つの登山コースがあるが、大平登山コースの紹介になる。

8:04 大平部落の駐車場は十数台の車を置ける。簡易トイレも設置されている。
  そこを表示に従い登る。廃屋の横を通る道で、やがて杉林の中を歩く。5分も歩くと登山道は右へ折れる。ちょいと急な坂を登り切ると駐車場から通じる林道に出る(8:11)。林道を登ると直ぐに左手に登山道が現れる。そこを登り切ると又林道に出る(8:14)。林道を出てから1分も経たない内に右手に登山口が現れる。この周辺にも車は4台ほど停められる。

 そこから角材を利用した階段などを登る。かなり急になるので辛抱が肝心だ。この辺りからブナ林に代わる。

林道から別れ約40分ほどで「二の字」という明るい広場に着く(8:54)。眼の前には米山の山頂が見える。簡易のベンチもあるので小休憩するには良い。

 5分ほど捕食や水分補給をして出発。しばらくはなだらかな道が続くがやがて急登になる。着いたところが七一一峰(9:09)。名前の通り、標高は711m。
そこからは細い尾根歩きになる。一旦、一気に下る。引き続き、尾根の上の登山道にある三つの小さなピークを登り下りする。やがて尾根は米山の山腹に合流する(9:24)。

 そして、山腹につけられたS字状の急な登山道を登る。すでに63%の行程を終えているので、我慢して登り切りたい。やがて大きな岩にガンバレと赤ペンキで書いた部分が出てくる(9:36)。通称「ガンバレ岩」だ。

 さらに急登が続くが、やがて山頂からの尾根伝いの登山道になる(9:43)。少し歩くと尸場(しらば)という場所に出る(9:45)。

 米山は明治4年まで女人禁制の山だった。女性はこの場所までしか登れなかったので女人堂があったという。山頂にある休憩の建物がまだ遠くに見える場所だ。女人堂は4つの登山道にそれぞれ設置されていた。さらに進むと、多少日本海側の風景は良くなるが、今までではないものの山頂直下の急登は続く。

 ゴールデンウィークのこの時期は年によって雪の量が違う。今年は中途半端に登山道を覆っている。



 中途半端というのは雪に埋もれた木々の枝がやたらと行く手を阻んでいるからだ。全部が雪で埋まっていれば歩きやすいが、中途半端だと、顔に当る、リュックに引っかかる、上げたくもない足を上げるなど、やりにくい事この上ないのだ。それでもそこを何とかやり過ごすと傾斜も緩く雪もない道が出てきて正面と右への分岐点を右に行くと間もなく休憩所の建物の前に出る。そして、その目の前の階段を登った先にあるのが薬師堂のある山頂である(10:09)。鐘を鳴らして拝礼。近くに三角点の新しいものと古いものがある。   
          
 山頂からは360度のビューで、西に黒姫山、妙高山、火打山、白馬三山、雨飾山の連なり、南にも東にも色々な山が見える。

 


  日本海側には佐渡島がかすかに見えている。山頂から少し雪の上を南に下がると周囲の山の表示板があるので、周辺の山が気になる人はそこまで行ってみるのも良いだろう。

 所要時間:往;2時間5分、復;1時間25分

2017年5月1日月曜日

大聖寺山ノ下寺院群の散策


  日本百名山で有名な深田久弥の墓のある寺も含まれる寺院群である。石川県加賀市にあるJR大聖寺駅から歩いて15分程度の場所にある。石堂山の北東部の麓にあるため山ノ下寺院群と呼んでいる。

大聖寺藩は加賀百万石の初代藩主、前田利家の孫の前田利治が初代藩主となり加賀藩の支藩として幕末まで14代続く。当初7万石でスタートし、後に10万石となった。ちなみに10万石の富山藩は利治の兄の前田利次が初代藩主として同時期に加賀藩から分藩された。

大聖寺藩は越前との国境の防御を兼ねて意図的に寺院を、この地に集めたとされる。禅宗、浄土宗、日蓮宗の三宗に限られており、前田家と激しく敵対していた浄土真宗の寺院は除外されている。加賀は浄土真宗が中心となった一向一揆で有名な地で、その影響も根深く残っていたのだろう。

寺巡りは南側から北側へと1寺ずつ訪ねたほうが効率がよい。


1)実性院(じっしょういん)

 曹洞宗。かなり古い印象のある寺で、座禅堂もある大きな寺。萩の寺とも呼ばれている。裏手の墓地にある高台には大聖寺藩歴代藩主の墓がある。ひと際大きい墓が初代藩主利治の墓だ。拝観料400円。JAF割引が効く。



 2)蓮光寺(れんこうじ)

 日蓮宗。星祭りの際には水を被る荒行があるそうだ。拝観料は無いので浄財で。
 

3)久法寺(きゅうほうじ)

 法華宗。外観は改装されて間もないのか比較的新しい。拝観料は無いので浄財で。



 4)全昌寺(ぜんしょうじ)

 曹洞宗。実性院よりも大きな印象がある。五百羅漢が欠けることなく収納された建物が併設されている。奥の細道の道中、松尾芭蕉が宿泊した寺としても有名である。「終宵(ヨモスガラ)秋風聞くやうらの山」と詠む。句碑のある庭はクマ蜂がうるさいので気をつけよう。拝観料500円。JAFは効かなかった。



5)正覚寺(しょうかくじ)

 浄土宗。古い木造の山門が今にも壊れそうな印象あり。本尊の阿弥陀如来像は平清盛の寵愛を受けた加賀の国出身の白拍子仏御前が帰郷の際に清盛から与えられたもの。拝観料はなく、浄財で。



6)宗寿寺(そうじゅじ)

 日蓮宗。山門は大聖寺藩の関所門を移設したもので、上部に前田家家紋の梅鉢紋が付いている。門を入ってすぐ右にはスダジイという奇木が植わっている。6種類の植物が寄生して形の違う葉をつける。拝観料なく浄財。



7)本光寺(ほんこうじ)

 法華宗。山門までは少し階段を登る。山門からの白山連峰の眺めは良い。この寺の裏手には奥の方まで墓地が続く。この墓地のどこかに深田久弥の墓があるらしいが、案内表示もなく、周囲に人もおらずで、どこに彼の墓があるのかは分からなかった。





8)加賀神明宮(かがじんめいぐう)

 ここのみ神社だが江戸時代は、実はここに真言宗慈光院という寺があった。拝観料は無いので、賽銭で。


左手に白山宮への階段が続く。少し我慢の登りをすると広場の中央に小さな社がある。


所要時間:ゆっくり回ると2時間近くかかる。

城ケ平山(446m)、峠山(477m)、ハゲ山(465m)

    いずれも富山市上市町にある山になる。標高こそ400m台と低いが、初冬には良い雪山歩きの道になる。城ケ平山山頂は別名、茗荷谷山(みょうがだにやま)といい、その昔、茗荷谷城があったとされている。山頂は開けて広く富山平野を一望できる。今回の紹介は12月中旬に城ケ平山ま...