2017年8月15日火曜日

常念岳(2857m)


      
  常念岳は長野県安曇野にある山で、ピラミッド形状の形の良い山である。1990年に昔の職場の仲間5人で登ったのが初登山である。当時は私が5人用のテントを担いで三股から登り、常念乗越でテント泊。翌日は常念岳を越えて蝶ケ岳を経て三股に下山した。

 今回の記録は2016年8月に私より7つ若い友人F氏にテントを担いでもらい同様のルートを辿る予定であった。富山を午前5時に出発し、南下、安房トンネルを経て安曇野に出て山間の道を進み三股の駐車場に着く(8:10)。朝食を済ませてそこを出発したのが8:40。登山届を出す建物の近くに登山口がある(9:40)。ここから先が長丁場が続く。

 実は若い頃の記憶と当時のガイドブックを頼りの登山だったのだが、これが失敗の素だった。若い頃の体力は既に無く、また後から知ったが、当時のガイドブックのコースタイムが異なっており、登れども登れども先が見えない登山となった。同じ方向の登山者は女性二人の1組だけだった。最初の方で彼女たちには抜かれていった。

 F氏の体調も今一つのようで、かつこれまで経験のないテント入りの重いリュックで汗の量が半端ではない。F氏はトレイルランにも参加するほどの体力の持ち主で、私はひそかに野人と呼んでいるが、一緒に登ってこれほどひどそうにしている彼を今まで見たことがなかった。若い彼にリュックを持って悠々と登ろうという目論見は潰えて、途中30分間隔で交代で担ぎながら登ることになった。途中の場所と時間経過を記録する余裕も無く森の中から尾根伝いの道へと代り、いつしか森林限界を越える。

 途中、大きな岩がごろごろしている所を登り切り、開けた場所に標準点櫓跡とおぼしき小さな建物を過ぎる。前方から下山してきた青年に「この時間帯で出会うとは思わなかった」と声かけられる。どうやらペース的にかなり遅いらしい。

この頃になると先行していた女性たちと前後するようになる。前常念岳(2661.8m)もはっきりピークと認識できないままに過ぎて、若い頃に選択した道の常念乗越への巻道分岐点に出る。しかし、巻道は通行止めとなっていた。どうやら崩れてしまって、長い間利用されていない様子だった。そのことを後から新しいガイドブックを買って初めて知ったのだから、準備不足この上ない。女性二人組もその事実を知っておらず、かなり疲労していた。結論としては、分岐点をそのまま直進して常念岳の8合目まで登りきらねばならなかった。女性たちと相前後しながら、どうにかザレ場の8合目に到着する。しかし、そこから常念乗越はまだ見えない。少し下ると常念乗越や常念小屋、テント場がやっと見えてきた(16:34)。

  登り続けた足に急で長い下りは結構つらかったが、ようやくテント場に到着した(17:15)。結果オーライだったが、コースタイムより1時間以上も遅れての到着だった。女性たちは常念小屋へ、我々は小屋でテント泊の手続きを済ませて(一人千円也)、テントを張りようやくくつろぐことができた。夕闇迫る中、向かいに見える槍ケ岳方向には雨雲がかかり盛んに稲光が光っていたのも神秘的だった。

 明けて翌日は晴天で格好の登山日和だった。常念小屋の後には槍岳と穂高連峰が美しい。
 今日は大天井岳へ往復して、翌日、蝶ケ岳へと足を延ばそうかという計画だったが、前日の私の疲労が著しく計画を変更して大天井岳往復と常念岳往復のみにした。

 大天井岳から戻ってきて、休憩したあと、常念岳へ登りはじめる(13:20)。昨日下ってきた時にはかったるい道だったが、今日はなんとか辛抱しながらも登る。8合目を過ぎると間もなく大きな岩で組み立てられたような山頂に着く(14:35)

  少し休憩してから下山開始(14:45)、テントに戻ったのは15:30だった。

振り返ると常念岳の山塊(下の写真)が大きいが、この写真の頂点は山頂ではなく、また8合目でもなく、山頂はさらに奥になる。
  次の写真は2日続けての我が家のテント。この中で大の大人(180cmと太めの174cm)が二人で寝るのである。



 所要時間 三股駐車場から常念乗越まで→ 8:35(コースタイムでは7:25)

      常念乗越から常念岳の往復 →  往:1:15  復:0:45

0 件のコメント:

コメントを投稿

城ケ平山(446m)、峠山(477m)、ハゲ山(465m)

    いずれも富山市上市町にある山になる。標高こそ400m台と低いが、初冬には良い雪山歩きの道になる。城ケ平山山頂は別名、茗荷谷山(みょうがだにやま)といい、その昔、茗荷谷城があったとされている。山頂は開けて広く富山平野を一望できる。今回の紹介は12月中旬に城ケ平山ま...