2017年9月15日金曜日

小谷山(494.5m)


 

  小谷山は滋賀県長浜市にある山で、中腹には戦国時代の武将浅井長政の居城、小谷城址がある。北陸自動車道を挟んで向かい側には織田軍勢が前線基地の山城を築いた虎御前山がある。4月上旬でまだ桜の花が残っている時期、小谷城のガイド館の前にある駐車場に車を停める。

 


山にむかって舗装道路が付いているが、しばらくそこを歩く(8:30発)。まもなく右手に出てくる木製の階段を登り、まだ背の丈が低い木々の間を抜けると再び舗装道路に出る。その向かいにある大手道に入る。結構に急坂で武将たちはこの坂を登って城へと向かったのだと思うと感慨もひとしおだ。

金吾丸跡(8:57)を過ぎて番所跡にでる(9:01)。舗装道路はここで終わりだ。ショートカットしたい人はこの付近まで車で来るのも良いだろうが、別ルートで下る計画であれば、その計画はやめるべきだろう。

そこから先には、ところどころに馬場跡や曲輪跡があり、残された石垣や石段もある。下の写真の石段の所には立派な黒金門という門があったという(9:11)。

 説明版もあるので、一々それに眼を通していては中々先に進めなくなるが、山城歩きはそれで良いのだろう。やがて本丸跡前の広場(千畳敷跡)につく(9:14)。

浅井長政が居住していた本丸跡は小谷山の南丘陵の途中にある。元々の居城は小谷山山頂にあったようだが、長政の時代に移ったようだ。山頂はあまりに奥すぎて守るにはよかったのかもしれないが実用的ではなかったのかもしれない。本丸跡には木々が乱立状態になっている(9:16)。長い年月でかつては平坦だった土地にも鬱蒼とした木々が生えてしまっている。

本丸跡のさらに上には父親の浅井久政の隠居所の小丸跡がある(9:31)。羽柴秀吉に攻められ49歳で自刃したという。さらにその上に山王権現が祭られていた山王丸跡がある(9:36)。建物の残骸がなく石垣や土塁しか当時を思い起こすすべはない。

  山王丸からは一気に稜線を下ることになる。清水谷からのコースとの分岐と合流するあたりが鞍部となり、小谷山山頂に向かって階段の急登が始まる(9:45)。一気に登りきると山頂につく(9:57)。大嶽(おおづく)城跡とも言われ、浅井家のもともとの居城とされる。

浅井家と織田家との戦の際に、福井の朝倉家が援軍として、この山にこもったことでも知られている。帰りは山頂から朝倉家が援軍として守っていた尾崎山尾根を下る(10:03)。単調な長いコースで途中福寿丸跡(10:21)や山城丸跡(10:32)がある。下り切ると舗装道路に出る。山沿いに左手に道をとり、途中、左手に清水谷方向の道を見ながら直進し(10:49)、駐車場に戻る(10:56)。

所要時間:

登山口~(46分)~本丸跡~(40分)~小谷山山頂~(尾崎山尾根経由:59分)~登山口

 

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